自分みたいな暇な人間は「生きる理由」とかを考え出すが、その議論の中でじゃあ何をすれば人間を全うしたといえるのかを考える。そうなるとやはり、子孫を残すことが人間の使命だという結論になる。しかし、女性は生むことのコストが高いが、男はそれに比べると自分の子孫を残すコストは低いので、1人の男がたくさんの女性と子孫を残すことも大変ではない。というか、昔の偉い人はそうしていた。すると、男女比は一対一なのでどちらかというと男が余って、その男達は使命を果たせないということになる。子孫を残す欲求が高い遺伝子が残っているはずなので、それ以外のことで「生きる意味」となりうる使命を探すのは、凡人には難しいことだと思う。そうなると、なんとか子どもを生んで(産ませていただいて)使命を全うするより、自分が生きていく道は無いように思える。それなら親にも堂々と顔向けができるだろう。自分の子どもに愛情を持つ自信はある。(多少の偏りはあるものの)世論をインプットしまくっているので、よほどの禁忌を犯すことも無いはずである。
でも、そこまでの過程があまりに険しすぎる。女性と出会い、好意的な印象を与え、関係を持ち、愛し、愛され、信頼関係を築き、性行為を行い、、おそらく本能はこれらをプログラムしているので、本能のまま生きれば成就する可能性は高いだろう。
しかし、本能は現代社会ではある程度抑制する必要があるようだ。子孫を残すためのプログラムは、必ずしも双方にとって良い面だけを持ち合わせてはいないようである。自然淘汰は幾分か男尊女卑の方向に向かっていたので、その方向を平等なところへ向かわせる必要があった?でも、恣意的に男尊女卑をつくりだしたのだとしたら、その責任はどこにあるのだろうか?少なくとも、現代社会で男は(女性も?)本能を抑えて生きる必要があるということである。それを納得する風潮であるし、それに反する人間は片っ端から制裁されていっている。そう、本能が悪いのだ。本能が悪いとわかれば、少しは気持ちが楽になる気がする。
私はそんな事をばかり考えていたので、自分の持つ性欲が嫌いになってしまった。高校生の頃に、抗アンドロゲン剤を輸入して飲み始めた。もともと、男ノリみたいなのが嫌だったというのもある。そこに括られてしまうのが嫌で、ネットで色々調べて薬の存在にたどり着いた。親に見つかるわけにはいかないので郵便局留めにし、クレジットカードも持っていないので人生で初めての銀行振込をした。自分にとっては、夢のような薬であった。性欲はなくなるし、いわゆる男らしさを抑制してくれるのが嬉しかった。そして、その気持ちは今も変わっていない。でも、性としての男をやめたいわけではない。性転換をして、女性として出産できるのならば(何も痛みを知らない人間だから言えているということは承知の上で)女性になりたいと思ったかもしれない。そうしたとてという話であるが。
私には、人間としての使命をひとつ手放してしまう勇気と熱量はない。受精した精子がYだった時点で、厳密には子宮内でアンドロゲンとミュラー管抑制物質の曝露を受けた時点で決まってしまったことなのである。
そんな中途半端な立場を取り続けていると、父親が自分を生んだ歳を超えてしまった。そろそろ、何かしらのアクションを施さないと行けない気がする。
何よりも懸念しているのが、自分に生殖能力が残っているのかということである。
いや、それよりも女性はおろか、同性の友達づくりすらままならない自分が、誰かと関係を持つなど想像すらできない。テストステロン値が上がれば自分に自信がつくのだろうか?でも、自分に性欲があることは耐えられない。
生きづらい。私は胸を張って生きづらいと行って良いのだろうか?恵まれていることは、生きづらさとは関係ないと言ってもらえるだろうか?恵まれているから、生きづらいなんて甘いことを言えるんだとか言われてしまうのだろうか?
こんな悩みを誰かに言ったことはない。一人で抱え込むのは大変なことと言えるだろうか?ちっぽけな悩みだと言われてしまうだろうか?それが怖くて言えない。
そもそも全ての考えがめっちゃ間違っていて、目からウロコみたいな解決策が転がっていて、自分はそれに気づけていない愚か者である可能性もある。何も自信がない。なぜなら、自分ひとりで考えていることだから。全て瓦解してもおかしくない。ここまで積み上げてしまったものを破壊されてしまう恐怖心で誰にも言えない。
全部誰が?架空敵に負けっぱなし。これを生かせる仕事はありませんか?思考にこんなにエネルギーを割いているんです。
もしかしたら、全く同じ人がいっぱいいるかもしれない。めっちゃ普通のことなのか?それも怖い。普通のことじゃんって言われたら、お前が勝手に苦しんでいるだけだろってなるし。
最後に一つ、これは女性として生まれていてもこうやって考えていたかもしれないし、自分の人生がうまく行っていない言い訳なので、何も成し遂げていない人間の戯言だということです。(つまり、こうだから不幸なのか、不幸だからこうなのかはっきりしていない。前者だと思って後者だときついので、後者であると思い込んでおく。プロスペクト理論)
どうやっても越えられない壁を作り出して勝手に絶望している。壁の向こうの様子もろくに知らないくせに。でも、癖になってしまって考えることをやめられないので書き連ねてみました。不幸でなくなったら、また考え方は変わるかもしれません。
子どもは生みたいけど性欲は嫌い

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