日記は無意味

去年の11月、12月の2ヶ月間の毎日日記を書いていた。厳密には、次の日とか数日後にまとめて書いていたのだが、一応その日の出来事や感情を無駄に多く書き連ねていた。
タイトルには少し語弊があって、「時間をかけて、色々考えて書く日記は自分にとって良い結果をもたらすことはなかった」というニュアンスである。
吐き気を催す過去の日記を覗いてみると、何も今と変わっていなかった。ただただ破廉恥な文章が繰り広げられていて、見るに堪えない。
日記をやったメリットは、タイピング力が上がったことくらいである。
ずっと孤独だし、生活習慣も精神状態も最悪、研究も日常生活もうまく行っていない。読書もそれほど捗っていない。日記の目的は思考の整理と過去の記録で、過去の記録としては読めたものではないのであまり機能を果たせそうにない。思考の整理だが、それだけを目的に書けば有用かもしれないが、まとまっていないことをだらだらと書いていて、いつもの頭の中の文字起こしをしているだけになっていた。おもしろエピソードみたいなものを書き留めておく分には良いかもしれないが、破廉恥リスクはかなり高い。
最近ものすごく嫌な気持ちになったのが、「あまり考えないほうがいい。考えすぎると脳が老化するし、あまり考えないほうが良い成果が出る」みたいなことを、立ち読みした自己啓発本に言われたことである。考えずにはいられないのに、そのことにデメリットがあると思い続けないといけないのが辛い。(考えると言っても、自分のようなぐるぐる思考、反芻思考のことを言ってる)
日記は、自分で書いている途中で反論とか補足をしたくなってしまうのが面倒くさい。「自分はこれくらい考えていますよ」というアピールをして、(仮にいるとして)読む人に反論の余地を与えないようにしている。何かを外部から指摘されることに恐れすぎている。ツイッターとかで、反論の余地を残しまくっている投稿している人はすごいなと思う。さっきの話でも、「考えずにはいられない」に対して、「それは考えているとは言えない」ということを言われそうだから、「自分が考えていると思っていることは、考えているとはいえないかもしれない。」とか付け足そうとしていた。これはなんの病気ですか?
でも、文章を書くこと自体は楽しい(文章とは言えないかもしれない。駄文、バイト数の無駄遣い、支離滅裂な文字の羅列、指拷問などと言われてしまうかも)
自慰行為として、たまに書くくらいが良いのだと思う。
こうやると日記は良いですよ!みたいな情報があったら、またやるかもしれない

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